
二代目
長谷川浩史
私と神代杉との出会いは、父から始まります。
父は建具工芸を営みながら、神代杉の魅力に魅せられ、その入手が困難だった時代に、自ら米杉を神代色に着色する技術を開発し、特許を取得。通産大臣賞を受賞するまでに至りました。
それでも本物の神代杉への想いは尽きず、ある日、秋田県仁賀保町のダム工事現場で大量の神代杉が発掘されたとの知らせを受けます。父は現地へ赴き、その木々に一目で魅了され、10トントラック3台分すべてを買い取りました。それが、本格的な神代杉工芸の始まりでした。
父は独学で工芸家としての道を究め、数々の功績を残しました。
私は長らく会社勤めをしておりましたが、幼い頃から父のそばで技術を学んでいたこと、そして兄を不慮の事故で亡くし後継者がいなくなったことから、「この技を継承できるのは自分しかいない」との想いで早期退職を決意。父から受け継いだ技術と、神代杉への敬意を胸に、日々制作に向き合っています。
先代
長谷川鍈二
日本伝統工芸正会員/
現代手工芸作家協会名誉会員
先代・長谷川鍈二は、建具職人として歩み始めました。
朝早くから夜遅くまで働き、休憩時間には道具の手入れをしながら職人同士で刃物の切れ味や仕上がりを競い合う——そんな時代に技術を磨きました。建具の運搬は自転車に荷物をくくりつけて走り回る毎日。それでも心にゆとりがあったと、のちに語っています。
建具業界が近代化していく中で、先代は将来を見据えていました。「余裕のあるうちに、培った技術を活かして美術工芸品の道へ進むべきだ」。その信念のもと、建具職人から木工芸作家へと歩み出します。


時を超える
神代杉への憧れ
神代杉との出会いは、その入手が極めて困難だった時代に遡ります。本物への憧れから、先代は自ら米杉を神代色に着色する技術を開発し、特許を取得。この技術が認められ、内閣通産大臣賞を受賞しました。
本物との出会いが
始まりだった
それでも本物の神代杉への想いは尽きることがありませんでした。昭和58年、秋田県仁賀保町のダム工事現場で樹齢1,500年、直径3.5メートルという巨大な神代杉が発掘されたとの知らせを受け、先代は現地へ急行。その神秘的な木々に一目で魅了され、10トントラック3台分を買い取りました。これが、本格的な神代杉工芸の始まりです。
